コザに到着したのは夜の12時半だった。
パルミラ通りにあるバー「コザクラ」へと向かうと、今日予定されていた
アメリカ人によるブルースライブは終了している雰囲気。
それでも外からじろじろ中の様子を伺うと、し~んとした店内の
カウンターに、オジサマ二人がまったり飲んでる様子。
こういっては何なんですが・・沖縄に来てから私はエラク
「オジサン恐怖症」になっている。
絶対つかまってしまうのだ。しかも最後は相当慣れなれしくなる
オヤジが多く、「やい、じじ~松山行けや~」とかなりワジる。
もしくは「オレオレオヤジ」。
自慢話と武勇伝を延々と語る、オレ様オヤジも人口比率は高い。
これが続くとかなりのストレスとなり、おじさんを見るたびに
私の足はくるりと踵をかえしてしまうのだ。
ま~、そんな方ばかりじゃないので、決め付けてしまうのは
良くないのですが・・ツラいんですよ、結構。
なので、久々に空港通りの「jet」へ。
今日は外人率が高く、目を合わせるとうっと~し~ので、ステージ
から目をそらさないでいた。しかし、じ~っと横顔を露骨に見つめてくる
外人。心の中で「すみません、私アメジョ~じゃないんで・・」という念力も
伝わらず、英語でべらべら話しかけてくる。ここはひたすら日本語攻撃。
「ちょっと~も~うるさいんですよ、ハゲ」とか「い~かげんにして」とか
全く英語を無視すると、諦めた様子。あ~疲れた。
でも、今日の演奏はいつにも増してカッコよかったなあ。
その後ドラムのこうちゃんと久々に冗談など交わし、「おめ~もくるか~?」と
同じく空港通りのバー「peg」へ。行こうかな・・と思ったけど、地元のオジサン&
オバサンがテーブルを囲んでおり、こうちゃんはさくっとその中に混じったきり。
「私はど~すんの?」と思いきや、なかなかは入れそうにない雰囲気だったので
さくっと逃げた。
というわけで、再びパルミラ通りの「500マイル」へ。
ここは最近行きだしたバーで、今回三回目。すっかり覚えてくれた上
ここのウォッカトニックはおいしく、カウンターの女の子も(みのりちゃんだっけか?)
かわいらしく、気持ちがいい。
あ~安心するなあ。とカウンターでみんなでゆんたくしていたら、午前四時過ぎ。
これはいかん・・そろそろトリは私のサンクチュアリ「A」へと行かねば。
そして「A」に行ったものの、電気は消えてて暗い雰囲気。
店主のこーすけさん、昨日も昼間の3時まで飲んでいたらしく、家にも帰らず
そのまま仕事しているというテンション。その姿はゆ~れいさながら。
こりゃ、いつもの長居は禁物だなあと、私も早々に引き上げたけど・・。
え??それからどうすんの?私。
時は朝の五時。那覇に戻れない。始発のバスがまだ無いのだ。
と、思った瞬間、突然酔いと睡魔が襲う。
「バス停で待とう・・。」と歩き出したが、気がついたら意識が遠い。
「ネーネー、ちゃんと帰らなきゃだめだよ」という誰かの声で目覚める。
そう、私は民家と民家の隙間のコンクリートで爆睡していたらしい。
あ~よかった・・。悪い人に襲われても、日曜の早朝。誰も気付くわけが無い。
這うように歩き、それからバス停でも立ってられずにしゃがんでいた。
もう、意識がすぐ遠くに行ってしまうのだ。色んな人が話しかけた様子。
でも、私には分からない。頭の中で考えたのはただひたすら
「そういえば、今日お酒をずっとストローで飲んでたなあ・・」
そして、「A」を出てから2時間くらい経ったのかな?それ以上かな?
そんなこんなでやっとバスが見える。やっと悪夢から放たれる・・。
ふらふらでやっとバスに乗り込み、振り返るとかなり遠いバス停まで来ていた。
ああ・・。ぞっとする。自分に。
それからの記憶も無く、いつの間にか那覇に着き目が覚める。
慌ててバスを降り、そこから15分位徒歩で家路に向かうが、ヒールの靴は
私の足が限界。裏道でいきなり脱ぎ始め裸足で帰ったらしく、足の裏は
真っ黒だった。
ああ・・。ぞっとする。自分に。
大反省、なんてもんじゃないかも。